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技術の概要



非天然型アミノ酸とは?

天然では mRNA 上にコード化されていないアミノ酸で、セレノシステインやピロリジンは含みません。

  • フリーの状態で存在するアミノ酸(非蛋白質アミノ酸)
  • 翻訳後修飾によってタンパク質上に存在するアミノ酸
  • 全く人工的にデザインされたアミノ酸

と定義しています。非天然型アミノ酸を含むタンパク質に対して、私たちはアロプロテインという名称を提唱しています*1



また、非天然型側鎖を有する非天然型アミノ酸ではなく、主鎖構造がα-ヒドロキシ酸である非天然型基質などもタンパク質へ導入されています*2。これらは非天然型アミノ酸ではありませんが、非天然型アミノ酸導入技術の派生形と言えます。



  • Koide H et al. (1988) Biosynthesis of a protein containing a nonprotein amino acid by Escherichia coli: L-2-aminohexanoic acid at position 21 in human epidermal growth factor. Proc Natl Acad Sci USA 85:6237-41.
  • Kobayashi T et al. (2009) Recognition of non-alpha-amino substrates by pyrrolysyl-tRNA synthetase. J Mol Biol. 385(5):1352-60.

非天然型アミノ酸の導入

非天然アミノ酸の導入 - 技術開発はたいへん、使うのは簡単 -

生きた細胞においてタンパク質へ部位特異的に非天然型アミノ酸を導入することで、効率よくアロプロテインを発現させることができます。技術の開発は大変なのですが、技術を使うことは容易です。非天然型アミノ酸を導入したいタンパク質の発現プラスミドを用意し、ナンセンス変異を導入します。細胞にプラスミドを導入し、培地中に非天然型アミノ酸を添加します。これだけでタンパク質へ部位特異的に非天然型アミノ酸を導入することができます。



非天然アミノ酸の導入のためにタンパク質生合成システムを使用する

生きた細胞のタンパク質生合成系を利用すれば、大腸菌を使った大量調製や、動物細胞内での発現が可能であり、膜タンパク質への導入や、細胞内でのタンパク質の解析を行える利点があります。

タンパク質合成はリボソームにおいて行われますが、リボソームにアミノ酸を運ぶのは tRNA です。mRNA 上のコドンと tRNA のアンチコドンとが塩基対を形成することで、3塩基のコドンに対して一つのアミノ酸を導入します。従って、タンパク質へ非天然型アミノ酸を導入するためには、特定の tRNA に非天然型アミノ酸をチャージします。

人工のアミノ酸が20種類の天然型アミノ酸と被らないようにするために、 終止コドンの一つであるアンバー・コドンに非天然型アミノ酸を対応させています。これは既存の遺伝子組換え技術を利用でき、なおかつ効率がよいからです。他にも特定のコドンを空にする方法や、フレームシフトを使う方法、あるいは非天然型塩基を用いて人工的なコドンを創出する方法があります。




私たちは最近、大腸菌のアンバー・コドンを完全に非天然型アミノ酸へ再定義することに成功しています*1。この大腸菌ではアンバー・コドンが翻訳停止に使われないため、非天然型アミノ酸を効率よく導入することができます。


  • Mukai T et al. (2010) Codon reassignment in the Escherichia coli genetic code. Nucleic Acids Res. 38(22): 8188-8195.

遺伝暗号の拡張 - 直交系という概念 -

mRNA 上のコドンとアミノ酸を対応づけるのは tRNA です。 tRNA にアミノ酸をチャージするのはアミノアシル tRNA 合成酵素( aaRS )です。したがって遺伝暗号の拡張とは、”特定のコドンと非天然型アミノ酸に対応する aaRS・tRNA ペアを開発すること”です。



"特定のコドンと非天然型アミノ酸に対応する aaRS・tRNA ペアを開発する"方法として、 tRNA の塩基配列と aaRS のアミノ酸配列を改変します。非天然型アミノ酸の部位特異的導入では3つの“交叉反応”が禁止されます。この3つの交叉反応全てをクリアした aaRS・tRNA ペアを直交系と呼びます。



aaRS は進化的に古い酵素であり、大腸菌とヒトの間であっても構造や機能が類似しています。しかし例外もいくつかあり、例えばチロシル tRNA 合成酵素( TyrRS )による tRNATyr の認識様式はバクテリアと古細菌・真核生物では異なっており、お互いに交叉することはありません。都合のよいことに、TyrRS は tRNATyrのアンバーサプレッサー変異体もアミノアシル化します。従ってバクテリアの TyrRS を改変すれば真核細胞で、古細菌・真核型 TyrRS を改変すればバクテリアで、チロシンに似た非天然型アミノ酸を導入できます。

ヨードチロシンの導入を例に説明します。ヨードチロシンを導入できればX線結晶構造解析や部位特異的な化学修飾に役立ちます。大腸菌においてヨードチロシンを導入するには、古細菌 Methanocardococcus jannaschii 由来の TyrRS 変異体を用い *1、哺乳類細胞でヨードチロシンを導入するには大腸菌由来の TyrRS 変異体を用います *2


  • Sakamoto K et al. (2009) Genetic Encoding of 3-Iodo-l-Tyrosine in Escherichia coli for Single-Wavelength Anomalous Dispersion Phasing in Protein Crystallography. Structure, Ways and Means 17(3);335-344.
  • Sakamoto K et al. (2002) Site-specific incorporation of an unnatural amino acid into proteins in mammalian cells. Nucleic Acids Res. 30(21):4692-9.

目的の非天然型アミノ酸を導入する

導入したい非天然型アミノ酸が有る場合、その非天然型アミノ酸を tRNA にチャージするアミノアシル tRNA 合成酵素(aaRS)が必要になります。チロシル tRNA 合成酵素(TyrRS)やピロリジル tRNA 合成酵素(PylRS)は詳細なX線結晶構造解析がなされているので、タンパク質の立体データをもとに突然変異を導入します。ピンポイントな変異導入によって新規の非天然型アミノ酸を認識させられる場合もありますが、多くの場合は数残基をランダムに変異させ、最も活性の高い変異体をスクリーニングします。スクリーニングの容易さから大腸菌を用いるのが最も望ましいのですが、ヒト細胞など真核細胞で使うのは大腸菌の TyrRS であるため、大腸菌を用いたスクリーニングができません。そのため、従来は酵母菌を使ったスクリーニングが行われてきました。

酵母を使ったスクリーニングは癖があり、より容易に非天然型アミノ酸特異的な変異体を開発するために、これまで私たちは2つの方法を提唱してきました。

1つ目はピロリジンの導入系を用いる事です。メタン生成古細菌の PylRS・tRNAPyl ペアは、大腸菌を含むバクテリアにおいて直交系であることが知られていました。私たちは哺乳類細胞と酵母菌においても直交系であることを示し、大腸菌で作製した PylRS 変異体をヒト培養細胞でも使う事に成功しました *1

2つ目は、大腸菌を改変した置換型大腸菌です *2。チロシンを導入するための tRNATyr と TyrRS を、元の大腸菌型から、真核・古細菌型のものに置換しました。置換型大腸菌においては、大腸菌の TyrRS・tRNATyr ペアが使用されておらず、従って、大腸菌の TyrRS 変異体ライブラリーをスクリーニングすることが可能になります。

  • Mukai T et al. (2008) Adding l-lysine derivatives to the genetic code of mammalian cells with engineered pyrrolysyl-tRNA synthetases. Biochem Biophys Res Commun. 371(4):818-22.
  • Iraha F et al. (2010) Functional replacement of the endogenous tyrosyl-tRNA synthetase-tRNATyr pair by the archaeal tyrosine pair in Escherichia coli for genetic code expansion. Nucleic Acids Res. 38(11):3682-91.

非天然型アミノ酸を使う

SAD 法によるタンパク質結晶構造解析

重原子の導入はタンパク質のX線結晶構造解析に役立ちます。X線結晶構造解析では、タンパク質結晶にX線を照射して得られるデータを解析し、立体構造を明らかにします。このとき、効率よく、しかも正しくデータを解析するためには、目印となる原子をタンパク質に導入しておく必要があります。ヨード原子はセレン原子よりも3倍強い異常散乱シグナルを発するため、通常の実験室にも設置可能な小型X線発生装置を用いて、単波長異常分散法によって立体構造を解明することが可能になります。さらに、ヨード原子には、セレン原子のような毒性がなく扱いやすいことも特徴となっています。ヨード原子をタンパク質へ導入するために、部位特異的にヨードチロシンを導入します。今後はX線結晶構造解析が一般的なツールになると考えられ、特別な施設を必要とせず、簡便で廃液処理も容易な技術の必要性が高まっています。

部位特異的化学修飾法

非天然型アミノ酸導入技術を応用すれば、部位特異的にタンパク質へ化学修飾を施すことができます。従来の化学修飾法はタンパク質表面における特定のアミノ酸残基を全て修飾してしまう問題点があり、ペプチドタグを利用する技術においては長いタグ配列が必要であり、また GFP タグなどの付加によってタンパク質の性質が変わってしまうことがあります。アジド基などの化学反応基を有する非天然型アミノ酸を導入すれば、タンパク質上の一か所だけを修飾することができるため、タンパク質の機能・構造・局在への影響を極力抑えることができると期待されます。

アジド基とトリアリルホスフィンとの Staudinger-Bertozzi 反応や、アジド基とアルキンのクリックケミストリーは、生理的条件下で特異的に反応する事が知られています。タンパク質へのアジド基の導入には、アジドフェニルアラニンやアジド-Z-リジンを導入します。応用研究として、

  • 蛍光基の付加による結晶構造解析のサポートや細胞生物学への応用
  • ビオチン修飾による微量タンパク質の精製
  • PEG や糖鎖の付加によるタンパク質の安定化

などが挙げられます。



チロシル tRNA 合成酵素( TyrRS )変異体を利用して導入できる非天然型アミノ酸の一つに、光クロスリンカーがあります。光クロスリンカー機能を有するアミノ酸としては、パラベンゾイルフェニルアラニン(pBpa)、トリフルオロメチル・ジアジニリル・フェニルアラニン(tmdPhe)、またアジド基をもつアジドフェニルアラニンを利用できます。pBpa は 365nm の光に反応してラジカルを発生し、近隣の炭素原子と共有結合を形成します。tmdPhe のジアリジン基は同じく 365nm の光に反応し、カルベンを発生して共有結合を形成し、そのため架橋反応が速い特徴があります。最近になってアジド基も 365nm の波長でクロスリンクすることが報告されました。

タンパク質へ光クロスリンカーを導入することで、相互作用するタンパク質どうしを架橋することができます。特に pBpa は365nm の光に反応するため、生きた細胞内で使用することができます。私たちは光クロスリンカーの有用性を実証するために、pBpa 特異的な TyrRS 変異体を用い、CHO 細胞内で がん遺伝子産物である Grb2 中に pBpa を導入しました。導入箇所は Grb2 と阻害ペプチドの結晶構造解析を参考にして、何箇所か試しました。この結果、生きた細胞に光を当てることで、pBpa 含有 Grb2 と EGF 受容体の間にクロスリンクが生じることを実証しました。また、pBpa の導入位置として、Grb2 の111番目残基が良いとわかりました。このように、部位特異的光クロスリンカー導入法においては、クロスリンカーを導入するタンパク質上の位置が重要になります。従来のタンパク質間相互作用解析法に比べ、直接の相互作用を検出できる点、生きた細胞内における正しいタンパク質局在を反映する点、結合部位周辺の構造的情報が得られる点などが優れています。クロスリンカーはそれぞれ性質が異なるため、様々なクロスリンカーを併用する事で、クロスリンクの成功率が高まります。


pBpaによる架橋は、実際にガンキリン・S6タンパク質の架橋複合体をX線結晶構造解析する事により、原子レベルでの観察に成功しています。



タンパク質翻訳後修飾

タンパク質は様々な翻訳後修飾を受けます。翻訳後修飾によって、酵素活性の変化、タンパク質間相互作用の変化、局在の変化などが起きます。非天然型アミノ酸導入技術を使うことで、様々な翻訳後修飾を受けた状態のアミノ酸をタンパク質へ部位特異的に導入できます。無細胞タンパク質合成系や大腸菌を用いた研究では多種多様な翻訳後修飾が導入されています。真核生物を用いた導入系開発は遅れていましたが、アセチルリジン特異的な Methanosarcina mazei ピロリジル tRNA 合成酵素変異体(mAcLysRS)を用いることで、ヒト細胞においてタンパク質へ部位特異的にアセチルリジンを導入することができます。

酵素活性メカニズムの解析

この研究は、新潟大学農学部応用生物化学 科・星野力教授との共同研究です。

Alicyclobacillus acidocaldarius 由来のスクアレン環化酵素の触媒機構において、活性部位のPhe365とPhe605をチロシンやトリプトファン、あるいは非天然型アミノ酸であるo-メチルチロシンに置換するとカチオン‐π結合エネルギーが上昇します。低温では酵素の活性が上昇するものの、高温にすると逆に野生型よりも活性が落ちてしまいます。これは嵩高いアミノ酸への置換がタンパク質構造を壊すためです。そこで大きさへの影響が小さくてカチオン‐π結合エネルギーを減少させる、モノ、ジ、トリフルオロフェニルアラニンを導入する系を開発し、Pheの代わりに導入しました。その結果置換数に比例してスクアレン環化酵素の活性が低下しました。タンパク質の立体構造を壊さずにカチオン-π結合エネルギーのみ変化させる系を開発したことにより、トリテルペン生合成系におけるカチオン‐π 相互作用を証明することができました。


自然界でも起きている遺伝暗号拡張

ピロリジンは自然界から見つかった22番目のアミノ酸です。メタン生成古細菌の一群はメタン代謝にかかわるタンパク質にピロリジンを含んでおり、タンパク質の結晶構造中に発見されました。ピロリジル tRNA 合成酵素( PylRS )によって tRNAPyl へ直接ピロリジンを付加します。ピロリジンはアンバー・コドンにコード化されています。これらの遺伝子は水平伝播によって一部の真正細菌も保有しており、また、人為的に大腸菌へ移植しても培地中のピロリジンをタンパク質へ組み込むことが発見されました。



PylRS・tRNAPyl は大腸菌においても、真核細胞においても対応する aaRS・tRNA ペアが存在せず、また古細菌においても他の aaRS・tRNA ペアと反応しません。また、ピロリジンは真核細胞に存在しませんので、 PylRS・tRNAPyl ぺアは真核細胞において直交系として働きます。従って、非天然型アミノ酸を認識する PylRS 変異体を開発することで、大腸菌・酵母・哺乳類細胞全てにおいて非天然型アミノ酸を導入できます。