2003年 5月 14日:プレスリリース用資料

新種たんぱく質をつくる鍵となる酵素の原子構造を決定


nature
structural biology

2003年 6月号


Structural basis for orthogonal tRNA specificities of
tyrosyl-tRNA synthetases for genetic code expansion

小林隆嗣, 濡木理, 石谷隆一郎, Anna Yaremchuk, Michael Tukalo, Stephen Cusack, 坂本健作, 横山茂之


地球上で天然には存在しない新種のたんぱく質をつくる細菌が,最近アメリカの研究チームによって作り出されました.その「スーパー細菌」は,天然には存在しないアミノ酸を遺伝情報に基づいてたんぱく質に取り入れます. 今回,我々のグループでは,スーパー細菌をつくるために必要となった酵素の詳細な原子構造を,世界に先駆けて決定しました.今回決定された構造では,アミノ酸とtRNA両方の特異性に関わる部分が明らかになりました.その構造情報を用いれば,あらゆるアミノ酸を酵素の人工的なデザインによって自由に細菌に取り入れさせることができるようになります.例えば,構造情報に基づいた酵素のコンピュータデザインなどによって,工業的に有用な酵素や,がん特効薬などの医薬品となるたんぱく質を自由に開発できると期待されます.

  1. プレスリリース発表資料
  2. より詳しい説明
  3. 決定した立体構造の図
  4. 複合体の結晶の写真
  5. 新しいアミノ酸を取り込んで光るたんぱく質 (GFP) を生産している大腸菌の写真



プレスリリース
  1. 発表内容
    「新種たんぱく質をつくる鍵となる酵素の原子構造を決定」
  2. 発表の概要
    東京大学は,理化学研究所と共同で,人工的なアミノ酸を組み込んだ新種
    たんぱく質を合成する鍵となる酵素の原子分解能での立体構造を,大型放射光施設SPring-8を利用してX線結晶構造解析によって決定しました.これに基づいて,新種たんぱく質の合成法を飛躍的に進歩させることにも成功しました.

    地球上のあらゆる生物は,DNAのもつ遺伝情報に基づいて,細胞の中でたんぱく質を合成しています.実際に生物を形作り,生命活動をコントロールしているのは,たんぱく質であり,わずか20種類のアミノ酸(グルタミン酸やシステインなど)からできています. DNAの遺伝情報を正しくたんぱく質のアミノ酸配列に反映するために,遺伝暗号の翻訳が転移RNA (tRNA) を介して行われます.翻訳が規則正しく行われるには,特定のアミノ酸が,正しいtRNAと結びついていなければなりません.その両者を選び出して,「暗号解読表」の通りに結合させるのが,アミノアシルtRNA合成酵素と呼ばれる酵素群です(以下,合成酵素と略).

    合成酵素を,遺伝子工学を用いて改変すると,暗号解読表を人為的に書き換えることができます.例えば,天然で使われる20種類のアミノ酸以外の,全く新しいアミノ酸と新しいtRNAを結びつける合成酵素を作れれば,新しいアミノ酸を特定の塩基配列に結びつけることができます (添付資料図1). 今年1月になって米カリフォルニア大学のグループが,合成酵素の一種であるチロシルtRNA合成酵素 (TyrRS) を普通の大腸菌に組み込むことによって,新しいアミノ酸をたんぱく質に取り込む新しい細菌を作り出すことに成功しています.この成果は,「スーパー細菌」などの名前でマスコミにも大きく取り上げられました.しかし,原理的にはこの方法であらゆるアミノ酸をたんぱく質の材料として取り込ませることが可能であるにもかかわらず,大きな壁,すなわちこれまでにないアミノ酸をtRNAに結合させるようなTyrRSをつくることは容易でない,という問題がありました.それは,TyrRSの原子構造が決定されていなかったためです.そこで,我々のグループは,実際に新しい細菌をつくるのに使われるTyrRSのアミノ酸とtRNAの認識の様子を,原子レベルの分解能で明らかにすることを試みました.

    東京大学(理学系研究科)と理化学研究所の共同研究グループは,このたび「スーパー細菌」の作製に用いられたTyrRSと,tRNA,およびアミノ酸の一種であるチロシンとの複合体の立体構造を,大型放射光施設SPring-8の共用ビームラインを利用して,0.195 ナノメートル (ナノは10億分の1) という,原子レベルでの観測に成功しました (添付資料図2).

    その結果,TyrRSがアミノ酸を深いポケットで識別していました. 以前にも似た構造は報告されていましたが,重要な部分で異なっていました. また,特定のtRNAだけを結合するために, TyrRSがtRNAの塩基を原子レベルで緻密に認識している様子も明らかとなりました. この様子は,これまで報告されていた,似た酵素の認識とは全く異なっていました.

    実際に,観測された原子構造をもとにして,TyrRSのアミノ酸結合ポケットを人工的にデザインすることで,新しいアミノ酸やtRNAを強く認識させることに成功しました.こうして作られた人工的なTyrRSは,「スーパー細菌」の工業や医薬への応用性を飛躍的に高めることができると考えられます.

    TyrRSの詳細な原子構造が明らかとなったことで,現在医薬品の設計に用いられている,コンピュータを用いた分子設計の方法によって,今までよりずっと高い確度で新しいアミノ酸をtRNAに結合させることが可能となります.それはあらゆる新しいアミノ酸をたんぱく質の材料として用いることができる,ということにつながります.そのような新しいアミノ酸を構成要素として持つたんぱく質は,ダイオキシンなどの有害物質の分解や医薬品となる有機分子の合成を行う酵素のように工業的に有用な酵素や,生体内で働く制がんたんぱく質などの医薬品として働くような「スーパーたんぱく質」の開発に大いに役立つと期待されます.さらに,tRNAの認識も解明されたことで,細菌のみならず,より高等な生物にもスーパーたんぱく質を作らせることができるようになると期待されます.例えば,ウシなどにスーパーたんぱく質を作らせることができれば,乳からたくさんのスーパーたんぱく質を単離することができるので,医薬品を大量かつ安価に作れると期待されます.基礎研究においても,ヒトに近い生物に新しいアミノ酸を導入したときの効果を調べることができるようになり,医療への応用性や安全性が詳しく調べられるようになるでしょう.今後は,今回決定された原子構造をもとにして,それらの応用を目指して研究を進めています. (特許出願中)

  3. 発表雑誌
    米科学誌 Nature Structural Biology 2003年6月号掲載
  4. 注意事項
    解禁日は,オンライン版の公開に伴い日本時刻5月19日 (月)午前4時ですので,それまではこの内容を報道しないようにお願いいたします.
  5. 問合せ先
    東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻

    坂本 健作
    TEL: 03-5841-4392
    e-mail: sakamoto@biochem.s.u-tokyo.ac.jp

    横山 茂之
    TEL 03-5841-4392, 045-503-9196 (理研ゲノム科学総合研究センター)
    e-mail: yokoyama@biochem.s.u-tokyo.ac.jp

  6. 用語解説集
  7. 添付資料
    図1: 新しいアミノ酸を生体内で取り入れる様子の模式図.
    図2: 我々のグループが決定したTyrRSの立体構造のリボンモデル.tRNAとチロシンが結合している.